一念について

 何事も目的を成就する為には一念が大事であるとは、よく聞かれる言葉です。

 それは何事も一念から始まり、一念により終わるからです、だから目的達成の為には一念を強く保つ事は非常に大事といえます。

 ではこの一念とはどういう意味を持つものでしょうか?

 一念とは、正確には一念三千(いちねんさんぜん)と言い、中国天台宗の開祖である天台大師が創案したとされる天台宗の観法(我が心を観る事)で、仏教から生まれた言葉です。

 私達の心は瞬間、瞬間に変わり、様々な事を一瞬の心に観じます、これが一念ですがそしてこの一念には三千の諸法を具えているという事です。

 少し難しいかも知れませんが、解りやすく言うと例えば今お腹がすいて「何か食べたい」と思った時、この「何か食べたい」と思う一瞬の心の中には「何か食べたい」と思う以外の他の様々な思いや要因が含まれているという事です。

 これだけでは解りにくいので、もう少し詳しく説明すると、例えば良い会社が見つかり是非ともこの会社に入りたいと思い、就職試験を受けたとします。

 就職試験などを受ける時には自身の能力とは別に「運」とかの影響も受ける訳ですが、そういった事も一念の中に含まれているという事です。

 運とか言うものは姿や形がある訳ではないので確かめようがないのですが、実際にはそういった事も含まれています。

 ですから、当然の事ながら強い気持ちで試験に臨むのと、そうではなく軽い気持ちで望むのでは運の働きも違ってきます。

 要するにこの一念の中には過去の思いは勿論含まれていますから、当然、十年後二十年後の自身の人生も含まれます、従って自身の未来は毎日どういった気持ちで生きていくかで決まると言えます。

積み重なった一念は強い

 それと一念というのは同じ思いを繰り返す事で積み重なりより強くなるので、何度の何度も同じ思いを繰り返し長い時を経て観じる一念と、たった今目覚めた一念とでは力に差があります。

 一念岩をも通す(いちねんいわをもとおす)と言う故事がありますが、これは前漢の将軍であった李広将軍が、石を虎と見誤って必死に矢を放ったところ、矢が見事に石に突き刺さったという訳です。

 しかし、その後李広将軍は何度となくその大石に矢を放ったが大石が虎ではなく石とわかってからは一度も刺さることがなかったという事ですが。

 就職試験も絶対受かると言う気持ちで望んだ場合と、なんとなく受かればいい程度の気持ちで臨んだ場合とでは結果として差がでてくるのは当然といえます。

 余程「運」に恵まれている場合なら別でしょうが、普通程度の「運」なら当然強い気持ちで臨んだ方が好結果を生むのは明白です。

 これは何も就職試験を受ける時に限らず日常生活に於いても言える事ですが、気持ちが弱いと気持ちが定まらず、気持ちに隙ができその結果失敗も多くなるのです。

 人生の目的は幸福になる為ですので、幸せを掴む為の人生でなければなりません、その為にも毎日を大事に強い決意で臨み、一歩一歩幸せを掴む為に前進していきたものです。


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